【待つという強さ④】
~信じて待つということ-- 期待することと、信じることの違い~

白いフリージア:花言葉「親愛の情」
誰かを待っているとき、私たちの心の中には、さまざまな思いがあります。
「きっと、こうしてくれるだろう。」
「そろそろ動いてくれるだろう。」
「こうなってくれたらいいな。」
相手を大切に思っているからこそ、期待することがあります。
期待すること自体が、悪いわけではありません。
けれど最近、私は、「期待して待つこと」と「信じて待つこと」は、少し違うのではないかと感じています。
期待して待っているとき、
そこには、「こうなってほしい」という自分なりの答えがあることがあります。
その答えどおりになれば安心する。
けれど、そうならなければ、「なぜ動いてくれないのだろう。」「なぜ分かってくれないのだろう。」
そんな気持ちが生まれることもあります。
では、信じて待つとは、どういうことなのでしょうか。
私は、
相手には、相手なりの答えとタイミングがあることを受け止めること
なのではないかと思っています。
自分とは違う答えを出すかもしれない。
自分が思っているより、時間がかかるかもしれない。
ときには、うまくいかないこともあるかもしれない。
それでも、その人には、自分で考え、自分で選び、自分で歩いていく力がある。
そう信じて関わること。
言葉にすると簡単ですが、実際には、なかなか難しいことです。
相手を思う気持ちが強いほど、つい口を出したくなる。先回りしたくなる。自分の経験を伝えたくなる。
私自身にも、そんなことがあります。
そんなとき、「私は、この人に何を期待しているのだろう。」と、自分自身に問いかけてみる。
すると、相手のためと思っていたことの中に、自分の願いや、自分なりの正解が隠れていることがあります。
それに気づくと、少しだけ手を放すことができます。
白いフリージアには、「親愛の情」という花言葉があります。
清らかでやわらかなその姿は、相手を自分の思う方向へ導くのではなく、
その人自身が歩き出す力を信じる関わりにも、どこか重なるように感じます。
信じることは、何でも相手に任せることではありません。
困っていれば支える。
必要なら声をかける。
そして、ときには一緒に考える。
けれど最後は、その人自身が考え、選ぶことを大切にする。
それが、「信じて待つ」ということなのかもしれません。
相手を信じて待つことは、同時に、自分の思いどおりにしようとする気持ちを、少し手放すことでもあります。
そこには、相手への信頼とともに、待つ側にも勇気が必要です。
だからこそ私は、信じて待つこともまた、一つの強さだ と思っています。
次回は、このシリーズの最後として、
「待つことで、育つもの」
について考えてみたいと思います。
待ってもらった人だけではなく、待っている人にも、その時間の中で育っていくものがあるように思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コーチングオフィスRayでは、
対話を通じて、人とチームが無理なく育っていく支援を行っています。
「信じて任せたいのに、つい口を出してしまう。」
「相手のことを思うほど、待つことが難しい。」
そんなことはありませんか。
相手との関係だけでなく、
自分が何を期待し、何を大切にしたいと思っているのか。
対話を通して整理することで、見えてくることがあります。
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今日の内容に、少しでも心が動いた方へ
無理に何かを決める必要はありません。
「少し話してみたいな」と思われたタイミングで大丈夫です。
