【待つという強さ①】
~待つことは、何もしないことではない-- 見守るという関わり~

白いアネモネ:花言葉「希望」「期待」
誰かが悩んでいるとき
物事が思うように進んでいないとき
つい、何かをしたくなることがあります。
声をかけた方がいいのではないか。
こちらから動いた方がいいのではないか。
早く答えを出した方がいいのではないか。
相手のことを思うからこそ、そんな気持ちになることもあります。
私自身、これまで何度もそう感じてきました。
そして振り返ってみると、以前の私は「何かをすること」が関わることだと考えていたように思います。
けれど、さまざまな人と関わり、対話を重ねる中で、少しずつ感じるようになったことがあります。
待つことも、一つの関わりなのだ ということです。
待つというと、何もしないこと。ただ時間が過ぎるのを待つこと。
そんなイメージを持つかもしれません。
けれど、私が感じている「待つ」は、少し違います。
相手の様子を見ている。
何が起きているのかを感じている。
必要なときには、いつでも声をかけられる。
それでも、今はあえて動かない。
そんな「見守る」という関わりです。
これは、思っている以上に難しいことでもあります。
自分が動けば、何かが変わるかもしれない。
声をかければ、少し早く進むかもしれない。
そう思うと、待っていることが不安になることもあります。
けれど、こちらが先に動くことで、相手が考える時間や、自分で決める機会まで、
知らず知らずのうちに奪ってしまうこともあるのかもしれません。
だからこそ、「いま、本当に私が動くときなのだろうか。」
そんな問いを、自分自身に向けることがあります。
白いアネモネには、「希望」や「期待」といった花言葉があります。
静かに花を開くその姿は、まだ見えていない変化を信じながら、その時を待つ姿にも、どこか重なるように感じます。
待つことは、放っておくことではありません。
相手に関心を向け続けること。
その人が持っている力を信じること。
そして、必要なときには関われるように、そこにいること。
見守るという関わりの中には、
言葉や行動では見えにくい、静かな力があるように思います。
私自身もいま、「待つ」ということの意味を、あらためて感じています。
すぐに動かない。
すぐに答えを求めない。
そして、まだ見えていないものを信じてみる。
それもまた、人と関わるうえで大切なことなのかもしれません。
次回は、
「なぜ、私たちは待てなくなるのか」
という視点から、
相手を思う気持ちの中にある、自分自身の焦りについて考えてみたいと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コーチングオフィスRayでは、
対話を通じて、人とチームが無理なく育っていく支援を行っています。
「つい先回りしてしまう。」
「任せたいと思いながら、待つことができない。」
そんなことはありませんか。
すぐに答えを出すのではなく、
いま何が起きているのかを一緒に整理することで、見えてくることがあります。
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今日の内容に、少しでも心が動いた方へ
無理に何かを決める必要はありません。
「少し話してみたいな」と思われたタイミングで大丈夫です。
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