【待つという強さ②】

~なぜ、私たちは待てなくなるのか-- 相手を思う気持ちの中にある、自分の焦り~

黄色いクロッカス:花言葉「青春の喜び」「切望」

誰かが悩んでいるとき

なかなか答えが出ないとき

物事が思うように進まないとき

私たちは、つい何かをしたくなることがあります。

「大丈夫だろうか。」

「そろそろ声をかけた方がいいのではないか。」

「このまま待っていて、本当にいいのだろうか。」

そんな思いが浮かんできます。

もちろん、その背景には、相手の力になりたい。

少しでも早く前に進んでほしい。困っているなら助けたい。

そんな相手を思う気持ちがあります。

けれど最近、私はもう一つ、自分自身に問いかけることがあります。

「これは、本当に相手のためなのだろうか。」

相手のことが心配だから動きたい。

そう思っていたはずなのに、よく自分の内側を見てみると、待っている自分が不安なのかもしれない。

先が見えないことに、自分自身が焦っているのかもしれない。

早く答えが出ることで、自分が安心したいのかもしれない。

そんな気持ちが混じっていることがあります。

それが悪いということではありません。

人と関わっていれば、心配もします。期待もします。

思うように進まなければ、焦ることもあります。

大切なのは、その気持ちに気づかないまま、相手を動かそうとしないことなのだと思います。

「もう少し考えてみたら。」「そろそろ決めた方がいいんじゃない。」「私なら、こうするけど。」

相手のためと思って発した言葉が、知らず知らずのうちに、こちらが望む方向へ相手を急がせる言葉になることもあります。

だから、何かを言いたくなったとき、すぐに言葉にする前に、少しだけ自分に問いかけてみる。

「いま、焦っているのは誰だろう。」

相手なのか。それとも、自分なのか。

そのことに気づくだけでも、相手との関わり方は少し変わるように思います。

黄色いクロッカスには、「青春の喜び」という花言葉があります。

寒い時期を越え、春の訪れを知らせるように咲く小さな花です。

まだ変化が見えないときにも、見えないところでは、次の季節へ向かう時間が流れている。

その姿は、すぐに結果を求めず、その人なりの時間を大切にすることにも、どこか重なるように感じます。

待てなくなる自分を、責める必要はありません。

むしろ、「なぜ、私はいま待てないのだろう。」と、自分自身に問いかけてみる。

そこには、相手への思いとともに、自分の不安や期待が見えてくることがあります。

相手を信じて待つためには、まず、自分の中にある焦りに気づくこと。

それもまた、「待つという強さ」の一つなのかもしれません。

次回は、

「待つのか、動くのか」という視点から、

相手を信じて待つことと、自分から動くこと、そのタイミングについて考えてみたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

コーチングオフィスRayでは、
対話を通じて、人とチームが無理なく育っていく支援を行っています。

「相手のため」と思っているのに、なぜか自分ばかりが焦ってしまう。

そんなことはありませんか。

少し立ち止まり、自分の中にある思いを言葉にしてみることで、相手との関わり方が見えてくることがあります。

───

今日の内容に、少しでも心が動いた方へ

無理に何かを決める必要はありません。

「少し話してみたいな」と思われたタイミングで大丈夫です。

▷ 無料相談はこちら