【貞観政要シリーズ④】人を追い詰めない関わりとは何か
~ 限度を見極めるという知恵~

白いラナンキュラス:花言葉「思いやり」「やさしい心遣い」
人を育てる立場に立つと、「どこまで踏み込むべきか」「どこで引くべきか」そんな迷いに立ち止まることがあります。
厳しくすることが必要なのか。それとも、見守ることが大切なのか。今日は、その境目について考えてみたいと思います。
『貞観政要』の中に、印象的な逸話があります。それは、狩りの話です。
獲物を追うとき、四方を完全に囲ってしまえば、逃げ場を失った獲物は必死に抵抗し、時に自滅してしまう。
だからこそ、太宗皇帝は「三方まで囲み、一方は必ず空けよ」と説いたと言われています。
ここには、人を扱ううえでの深い示唆があります。
追い込むことと、追い詰めることは違う。
私はそう感じています。
追い込むとは、力を引き出すための関わり。
追い詰めるとは、逃げ場を奪う関わり。
人は、逃げ道があるからこそ、前に進む力を出すことができます。
けれど、完全に囲われた瞬間、思考は止まり、心は閉じてしまいます。
職場やチームでも、同じ場面を見かけます。
・正論を重ねすぎてしまう
・期待を伝えるつもりが、責める形になる
・成果を急ぐあまり、相手の余裕を奪ってしまう
こうした関わりは、善意であっても、相手を追い詰める結果になりかねません。
太宗皇帝が見ていたのは、「相手を動かすこと」ではなく、「相手が自ら動ける状態を保つこと」だったのではないでしょうか。
限度を見極める。
それは、甘さではありません。
相手の力を信じて、戻ってこられる余白を残すという、とても高度な関わり方です。
ラナンキュラスの花言葉は「思いやり」「優しい心遣い」
人を追い詰めない関わりとは、相手を弱く扱うことではなく、力を発揮できる余地を信じて残すことなのだと私は思います。
次回はいよいよ最終回。
「信頼はどのように育ち、循環していくのか」
『貞観政要』が示す、関係の行き着く先を見ていきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コーチングオフィスRayでは、
対話を通じて、人とチームが無理なく育っていく支援を行っています。
「自分のチームにも当てはまるかもしれない」そう感じられた方は、一度お話を聴かせてください。
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今日の内容に、少しでも心が動いた方へ
無理に何かを決める必要はありません。
「少し話してみたいな」と思われたタイミングで大丈夫です。
